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ある本屋の出来事 -2-

ある本屋の出来事-1-と話が繋がっています。先にそちらをお読みください。




「木佐さんがそんなに心配なら、俺、恋人いますって言いますから」

俺をがっちりと捕獲しながら、雪名は静かに宣言した。


仕事がようやく終わって雪名に会いに本屋に立ち寄ると、雪名が女の子と楽しそうにバイト先で話していた。

校了明けでふらふら、意識もほとんどない状態の俺はもちろんそんな様子を見ればネガティブモードに真っ逆さまで、話もそこそこに雪名を置いて家に逃げ帰ってきてしまった。

家に帰ればあとは自己嫌悪の塊のようにベッドにこもってうじうじしているところに雪名が入ってきて、開口一番こんなセリフを吐いたところだ。

「え、いいってば!お前、女の子好きじゃん」

ついこんなことを口走ってしまうのは、さっきの楽しそうな雪名の顔を見てしまったからだ。

でも、女の子を引き合いに出せばきっと雪名は、そんなことありません木佐さんと比べたらうんたらかんたらなんてこっぱずかしいことを口にしてくるって期待も見え隠れしていたりもする。

「俺には、木佐さんだけです」

「…………あ、そ」

真剣な雪名に甘い言葉を言わせる時はいつも、自分はズルい大人だと思ってしまう。

「それじゃ、明日言ってきますから。報告もかねてデートしましょう」

スケジュールを確認した後、OKをだすと、バイト終わった頃にいつものカフェで待っててくださいと、雪名はにこりと笑った。



そして、翌日。

ああは言ったものの、やっぱり雪名が気になって気になってつい早めに本屋に立ち寄ってしまう。

雪名はちゃんと言うのだろうか。

女性達は怒ったり、雪名を罵倒したらどうしよう。

それよりも、もう本屋に来てくれなくなったらどうしよう。

自分の本が売れなくなるというのも切ないものがあるが、雪名が本を売ることに注いでいる情熱までも否定はされたくない。

「フェアとかやってもらってるしな……」

ひとまず雪名にバレないように、そっと文庫本のコーナーに隠れて時間をつぶす。

適当にとった一冊を読んでいるフリをしながら、棚の隙間から覗く雪名を観察する。

雪名のシフトの間は本当に女性の客がひっきしなしに訪れる。

ただオススメされた本を買うだけで帰っていく客もいれば、そのまま世間話に持ち込む客、はたまたシフト後のデートを押し付ける客まで、自分だったら到底相手を仕切れないような数だ。

それでも一人ひとりに丁寧に対応し、かつ本を握らせてレジまで歩かせる。

売ってもらっている側としては、ありがたいことこの上ない。

これからもいい漫画を作っていこう、と初心に返ったところで傍で本を並べていた女性店員とぶつかってしまった。

「すみません」

彼女の落とした本を拾いながら、ぼんやり雪名を見惚れていた心を引き締める。

「あ、ありがとうございます」

「いえ」

またぶつからないように位置をずらして再び雪名観察にもどる。


「俺、この本大好きになっちゃってさー」

俺が担当した一冊を手にしながら子供みたいに微笑む雪名が、ふいにこちらに目を向けて視線をもどした。

棚を見ているはずなのに、その視線は自分がそこにいることを確認していたような気がした。



残りのシフトの時間が半分ほどになってから、雪名が唐突に切り出す。

「……みんなに聞いて欲しいことがあります」

こんな出だしで雪名はライブ会場で解散宣言をするバンドグループのように恋人所持宣言をした。

群がっていた人だかりがざわめく。

「ごめんなさい、でも、俺にはどうしてもその人しか考えられないんです」

余計ないいわけ無しで、キッパリ一言だけ告げると、キラキラ王子オーラ全開でごめんなさいと再度謝った。

そんな風に言われれば誰でも申し訳無い気持ちになってくる。

あれだけ騒いでいた客も勢いを無くして、こっちこそごめんね、なんて今にも言い出しそうな雰囲気だ。

しかしそこは流石の雪名、はっきり言えてよかったですとにっこり笑えば、たちまちみんなに笑顔が戻った。

「じゃ、俺はちょっとレジの方見てくるので、今月の新刊も楽しんでね!」

アイドルさながらのさわやかさを残すと女性の視線を総なめにしてコーナーから離れていった。


棚から見えなくなった雪名にあわせて、覗くのをやめ本に目をもどす。

雪名が女性のほうがいいんじゃないかという心配が杞憂に終わったことにほっと胸をなで下ろす。


ああよかった。

雪名が俺を好きでいてくれて。


全てを通してひとつのドラマを見ていたようで、夢から覚めたような心地がした。


そろそろカフェに出向こうかと思ったタイミングで真後ろから声がかかった。


「お客様、本が反対ですよ」


どきりと心臓が跳ね上がるよりも早く、持っていた文庫本がするりと抜かれる。

「まったく、こんなところにいたんですか?」

予想するまでもなく、そこには上下逆さまの本を持って立っている雪名がいた。

二つ、三つ、言葉を交わすと、なにやら急にストップ!と、手を交差してジェスチャーした。


「ここでは、ちょっと……」

そっと俺に耳打ちして、そのまま少し離れた辞書のコーナーまで連れて行かれる。


「どうしたんだよ、突然」

「木佐さんの後ろにいた店員は俺目当てなんですよ。だから、話を聞かれるのイヤかと思って」

「あ」

言われて思い出すと、確かに彼女も雪名のほうを目で追っていたような。


「約束は果たしましたよ。これからはずっと、木佐さんの俺ですからね」

「また、そういうことを簡単に口にする……」

ばくばくしている動悸を抑える間もなく、満開の笑顔と掠めるようにキスが降ってきた。


「そうだ!木佐さんにも会社で恋人宣言してもらおうかなー」

うん、それもいいかも、と不穏な事を考えはじめている雪名。

「ちょ、待て!俺はシャレにならないってば」

「えー、フェアじゃないです」

「駄目なものは駄目だ!」

「なら、俺にだけ言ってください」


それならいいでしょ?と、お願いされる顔があまりにもカッコよすぎるから。

あと、たまたま付近に誰もいなかったから。



「……雪名皇は、俺の、恋人……です」


誰にも聞こえないように、誰にも聞かせないように、耳元で小さく教えてやった。





<11/08/08>

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