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ある本屋の出来事 -1-

※オリキャラというほどでもないですが、話の都合上原作にはいないキャラがいます。注意ください。




大昔から、どこの店にも看板娘というものは存在する。

それはもちろん、このブックスまりもにおいてもだ。

ただ、ここでは看板娘、というよりも、看板王子といったほうがいいかもしれないが。

その王子に翻弄されてうっかり面接を受けてしまった愚か者が、この私。

私がここで働き始めたのは今からちょうど一月前で、志望動機は、女性に大人気のイケメン店員『雪名 皇』に少しでも近づきたかったからである。

顔良し、性格良しでセールストークも上手い雪名さんはどこにいても華がある。

しかもウワサでは彼女はいないとか。

見た目もキャラも地味な私はなかなかお近づきになれないうえに、仕事中では話しかけるタイミングもほとんどない。

仕事終わりに食事に誘おうにも、バイトが終わればすぐに待ち伏せのファン達に囲まれてしまう。


「あーあ、せっかくいっしょのシフトなのになあ」

「下心丸見えのキミが言っても説得力ないけどね」

今日も女性客に愛想を振りまく雪名さんを見ながら溜息をつく私を見て、同じシフトの先輩が文庫本を平積みしながら答えた。

「そんなことないですよー」

先輩と背中合わせになるのはしかたないが、雪名さんの働いている姿を見られる絶景ポイントに立つと、私は向かいの本棚に新しい本を詰めた。

「お」の棚には、太宰治、「り」の棚には芥川龍之介。

「ゆ」の棚には雪名皇……なんてね。


言葉にはださないで内心うまいこと言ったわ、なんてついつい思っていると、すぐそばで立ち読みしていた小柄なお客さんとぶつかってしまった。

「あっ……」

「すみません」

ぶつかった相手は、パーカーにジーパンといったラフな格好で高校生か大学生といった風貌だ。

しかし、それとは対照的にやけに大人びた雰囲気をまとっていた。

彼は私が落としてしまった本をすばやく拾い上げると、丁寧に帯のヨレをもどして手渡してくれた。

「あ、ありがとうございます」

「いえ」

言葉少なにそれだけ言うと、お客さんはすこし場所をずらしてまた他の本を読み始めた。

拾ってくれたから、立ち読みは禁止は大目に見てあげるか。

本の虫はしょうがないな、なんて考えていると、

「ほら、並べる位置間違えてる。目が雪名ばっかりみてるからだろ」

先輩の手が後ろから伸びてきて、手早くそれぞれをちゃんとした位置にもどした。


「あー、すいません」

「おい、集中してくれよ。これは仕事だ」

おざなりに謝る私に先輩は少し厳しい口調で注意した。

そして、持っていた文庫の仕分けの残りを手渡しながら、これは忠告だけど、と前置きしてから私に言った。


「キミの仕事がはかどらないみたいだから教えてあげるけど、雪名、今付き合っている人いるらしいよ?」





「え?!」


そんなことは初耳だ。

見た目と反して、雪名さんは案外硬派。

今までどんな女性に言い寄られてもホイホイついていくところは見られなかったのに。


「だ、だれです?相手は!」

あまりのショックに仕事も忘れて先輩を問い詰める。

私にガクガクと揺さぶられて先輩は苦しそうにギブギブ!と呻いた。

「俺だって、そこまでは知らないよ」

「あー!嘘よ!そんなこと絶対にない!」

「たった今、本人がファンに話しているの聞いたんだぜ?『今、つきあっている人がいるので一緒に遊べません』って」

ほら、と先輩が指差した方を見ると、確かにいつものファン達はどこか焦っているように雪名さんに群がっている。


「つきあってるって、どーいうことよ!」

「説明してよ!雪名!」


喧々囂々と非難が飛び交う少女マンガコーナーはかなりの修羅場と化していた。

「ごめんなさい、でも――……」

それにも臆せずに雪名さんは冷静に説明をしてすぐに場を収めてしまった。



「……ってわけだから、キミも集中して」

「はーい……」

憧れの王子様は幻にすぎなかったか。

恋人は地道に探すしかないなと諦め、しかたなしにまた本棚の整理をはじめる。

一段目が終わったら、二段目、それが終わったら、一段目と二段目をもう一度チェック、それが終わったら三段目……。

上下あわせて八段ある本棚の本を確認する作業はかなりハードだった。

痛む腰をさすりながら、なんとか一番下の本棚までたどり着いたところで、そばに誰かが立った。


「まったく、こんなところにいたんですか?」


どうもこの声は雪名さんのようだ。

失恋決定とはいえ、好きな人。

雪名さんと聞けばつい聞き耳を立ててしまうのはしかたがない。

本を並べているフリしていれば気づかれることも無いだろう。


「わ!バ、バイト、もう終わったのか?」


こっちはなんだか慌てている男の人の声。


「まだ終わる時間じゃないので、いつものカフェ待っててくださいって言ったのに……」

「……べつにいーだろ」

「俺は、あなたを待たせているのが申し訳ないんですよ」

ね、キサさん、とひどく優しい声色で雪名さんが諭すように言った。

「でも、」

「……なら、あっちのコーナーに行きませんか?ディスプレイも見て欲しいし……」

どうやらカフェで待っていて欲しいと頼んだ相手が店まで来てしまったようだった。


大学の同級生かな?

それにしては、雪名さんはずいぶん丁寧に対応していたようだけど……。



「……へんなの」

私の中に生まれた疑問が解決する前に、逃げるように二人分の足音が遠ざかった。



続き

<11/08/07>
 

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