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SOS!


丸川書店での飲み会がはじまったのは、ギリギリ日付が変わる頃。

今年は、例年と比べて本当に時間を忘れる暇も無いくらいに切羽詰っていた年だった。


「それじゃ、おつかれーす」

「ういーす」

がちゃんとビールの並々注がれたジョッキがぶつかる音が耳に心地よい。

生きていてよかった、と心の底から思える瞬間だ。


「あービールうめえー!嬉しすぎて死ねるー!」

ぐびぐびとビールを喉に流し込みながら木佐が叫ぶ。

この日にために生きていると日々言っているだけあって、喜びもひとしおの様だ。


「すみません、ビール追加で」

羽鳥もペースが早く、一息に飲み干すとさっさと次のジョッキを注文している。


いつもは喧々囂々としている編集部のメンツもこの時ばかりはハメを外して無礼講になる。

年上、年下、役職は放り出して、ただの仲間で騒ぐのも悪くない。


そんな中でも小野寺一人、配当された小鉢を片手に枝豆を配りにあちこち奔走していた。


「高野さん、おつまみです」

「さんきゅ」

「飲みすぎるなよ」

「う、わかってますってば・・・」

はじまったばかりで釘を刺さないでくださいと、むすっと口を尖らせる。

本当はそんな顔ですら愛しいんだが、今は言わずに酒を飲みこむ。


「わかっていればいい」

「せっかくの飲み会に水を差した仕返しです」

ふんと鼻を鳴らすと、俺の小鉢からひとつ枝豆を口に放り込んで元の席に戻ってしまった。


「かわいくねーの・・」

まだそれほど酔っていないが、あいつは飲みすぎるとタチが悪い。

ジョッキをがばがば空け始めないように横目でチェックしていると、たこわさを摘んでいた美濃が話しかけてきた。


「今年は新人も入ってにぎやかですね」

「ああ、そうだな。はじめてだからはしゃいでいるんだろ」


キツイ職場にも関わらず根性で頑張っていた小野寺だ。

少しは羽をのばしてもいいだろう。


すると美濃は違いますよ、と箸を振った。


「律ちゃんじゃなくて、高野さんが、ですよ」

「何?」

あ、それは羽鳥と木佐もかなーと美濃はいわくありげな笑みを浮かべて笑った。

コイツのどこか悟ったようなところは助けられることもあれど、ひやひやさせられる。


「みーんな、なんか嬉しそうだなー」

「・・お前も酔ってるだろ」

「ふふふ」


それには答えずに、くすくす笑いながら俺の分とともに新しいジョッキを注文する。


「生二つで」

「かしこまりました」

店員が濡れたグラスを持ち去ると、グラス二つ分のスペースが空いた。


「お前もほどほどにしておけよ・・」

「それはあっちに言ったらどうです?」


つい、と指した先を追うと、テーブルを挟んだ向かい側で酔った小野寺と木佐がきゃっきゃとはしゃいでいた。


「りっちゃーん!」

木佐が勢いに任せて小野寺にぎゅっと抱きつく。

体格がほとんど変わらないので押し倒される形で小野寺がどさっと倒れた。

「りっちゃん、りっちゃん、かわいいね」

食べちゃおっかなあと笑う木佐に、小野寺は自分が置かれている状況もわかっていないようで一緒に笑っている。


何、笑ってんだよ。

お前に触っていいのは、俺だけなんだよ。


「…………」

小野寺のあまりの無防備さとそれを口に出来ないことへの苛立ちがつのる。


「高野さん、イライラオーラでてますよ」

「うるさい、・・・・っ!」

腹立ちまぎれに放り込んだたこわさは、思いのほか辛味が強かった。

それを噛み締めてなんとか嚥下すると、その間に木佐はさらに小野寺に迫っていた。


「だいじょぶ!おれさー、とこじょーずだからー?」

「えー、そーなんですかー」

小野寺は、とこじょーずってなんだろ?と首をかしげるが、頭が回らないのか考える事を放棄しておとなしく寝転んだ。

「そーそー!まかせろー」

それそれーと木佐が小野寺のジャケットを剥ぎとりかけたところで、見るに見かねた美濃がゆっくり立ち上がった。

「ほら、木佐。離れて離れて」

「えー、やだー」

「いいから早く。編集長がご立腹」

さっきからこれも鳴ってるよー、と差出したケータイを餌に上手に木佐を小野寺から離した。


「あ、ゆきなー?だいすきー」

携帯と一緒にころころと床に転がった木佐を踏み越えて小野寺に近づくと、ほろ酔い気分はそのままでにこにこと笑っていた。

普段は見られない笑顔に思わず見入ってしまう。


少し上気した頬はほんのり赤く色づいていて、吐息もすこし甘ったるい酒の匂いがした。

前に飲ませてなだれ込んだ時もこうだった。

翌日になったらすっかり忘れられていたが。


そうだ。

どうせ覚えていないんだから。


このままつれて帰って・・そして・・。





「どーしたんれすかあ?」

小野寺の声にはっと、我に返る。


「ほら、ちょっと外の空気吸いに行くぞ。小野寺」

「なんでですかー?」

「いいから」


肩に手をかけて立たせると、


「たかのさんもー、とこじょーずってやつですかー?」

なんてことを聞いてくる。


誘っているのか・・・?


俺の支えを頼りにしている体は完全に密着している。

きっちりしていた身だしなみは木佐のせいでぐしゃぐしゃだ。


そして、なにより。


・・・頬にかかる息が熱い。



「確かめてみるか?」

「いーですよお」

「後悔するなよ?」

「しませーんよおー」

とこってやつがじょーずってすごいですねえと見境無い酔っ払いを立たせると、カバンから二人分の金を置いて、俺は小野寺と店を後にした。



「お疲れ様です、送り狼さん」

ありがとしたーという店員の声にまぎれて、羽鳥の声が聞こえた。




<11/09/13>

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