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「長い間いられないことで、恋人欠乏症になっちゃうんだよねー」

先月結婚したばかりの同僚とたまたま駅であって、一緒に飲んだ。

そこまではいいが、そいつがあんまりにも愛妻のことばっかり話してくるもんで、いい加減うんざりしてきた頃にふいに出てきたのがこの一言。

「欠乏症?」

「そう。一緒にいられないからイライラして、仕事とかまったく手につかないわけ」

「ふ、ふーん……」

「まあ、木佐はコイビトとかいなさそうだもんなー」

「失礼だな!」

はははと笑い転げる同僚にイラつきながら、そういえば雪名と何日会えていなかったなと思い返す。

ケータイのメールはしているけれど、それだけでは伝わらないこともある。


確か先週は、課題があるとかで一回も来てなかったよな。

その前の日曜は、俺の仕事が忙しくて会えなかったし……。


……あれ、最後にいつ会ったっけ?


「あ、その顔!何日会えてないっけ?とか思ってただろ」

「えっ?!」

疑問をビールで飲み干したタイミングでまさにどんぴしゃでつっこまれる。

「木佐さー、そういう時はやばいぜ?欠乏症通り過ぎて感覚が無くなってんだよ。シモヤケとかあるだろ?寒いうちはいいけど、感覚がなくなってくるころが一番危ないんだ」

「な、なるほど……」

「今日は俺が奢ってやるから、早く帰れよ」

自分の分くらいは払うと言ったが、酔って、話して、気分がよくなっているのか、同僚は有無を言わさず財布を取り出して払ってしまった。


「じゃあ、お前の結婚式には呼べよ!」

「あ、ああ……その時があれば」


別れ際、にこにこしながら去っていった同僚の言葉が妙に胸に刺さった。



「おかえりなさい!」

お泊りと称してうちに泊りにきた雪名は、飲んで帰るという連絡をしてあったせいか、外で夕飯を済ませてすでにシャワーも浴びていた。

「シャワー浴びますか?ご飯はもう食べてきたんですよね?」

持参したジャージに着替えていた雪名は、氷をいれた水のコップを持ってきてくれる。

それを飲み干しながら、先ほどの同僚の言葉がよみがえった。


『恋人欠乏症は感覚がなくなってくる頃が一番危ないんだ』


「最後にあったのっていつだっけ?」

「えーっと、先々週でしたっけ」

ケータイを取り出して確認すると、会う約束をしているメールは確かに先々週のものだった。

「結構時間が開いてたんだ……」

「だから、ひさしぶりの木佐さんですね」

ずっと会いたかったです、とキラキラオーラ全開で雪名が笑った。


会いたかったのはこっちだっつーの。

そう言いたかったけど、オーラにあてられてしまって何も言えなくなってしまう。

「どうしました?」

渋い顔でいる俺に気づいた雪名が覗き込む。

視界いっぱいの雪名に今にも心臓も脳の血管も爆発して、卒倒しそうなほどだ。

「べ、べつに?」

「そう、ですか……」

雪名が黙った途端に微妙な空気の沈黙が訪れる。


せっかく会えたのに、こんなんじゃ、ダメだ。

でも、顔を見てしまうとつい恥ずかしくなって、自分とつりあわないことを思い出してしまって、情けなくなる。

顔が好きだといったのに見られない。

どうも人間は、好きも限度をすぎると近寄れなくなるらしい。


それでも笑ってしまうほど体は正直で、歯を磨いてきますね、と立ち上がりかけた雪名の袖を反射的につかんでしまった。

「えと、木佐さん?」

腕をつかまれたままきょとんとしている雪名。

それ以上にうっかり掴んでしまった俺はもっとパニックだった。

「へ?!あ、い、いや、これは、その……」

すぐに離せばよかったのに、俺の右手は意志を持ったかのようにぎゅっと袖を掴んだまま。

おろおろどうしようかと慌てている俺を雪名はなにも言わずに見ている。

言いたいことを俺の中で整理するのを待っていてくれているようだった。

「ええと、あの……」

俺の中ではほんのすこしの時間だが、たっぷり5分は何を話そうか考えていたはずだ。

それだけ悩んでパニくって、でもどうにも言葉が出てこない。



「あの、えと……その、」

「?」




「だから、あー……」


酸素を求める金魚のようにぱくぱく口が動いてもなにも言葉は出てこない。


散々待たせたのにやっぱり何も言えなくて。

それがまだ申し訳なくて。


「……ごめん」

とりあえず、おさまりのつかない口は閉じて雪名に無言でくっついた。

広い胸板にぽすんと顔を埋めると、できれば視界に入らないようにとちいさくちいさく縮こまる。


年の差がなんだと言いたくなるほど雪名は大人で、俺は小人だ。

俺は、ちいさくておっさんでメンクイで男が好きで。

雪名がこんなに大好きで。

でも、勇気が無くて、嫌われることが怖い。


こんな俺なんて見えなくなってしまえばいいのに。


大好きな雪名と触れ合ってるのにこんなことしか考えられない俺に自己嫌悪を感じ始めた、そのとき。




「……ははっ、木佐さん、かわいい」

ぐりぐりとひっつく俺を見て、雪名はくすくす笑い、小さい俺を包み込むようにぎゅーっと抱きしめた。


「…………え?」

「いや、木佐さんからくっついてくれるとは思わなかったから」

予想外だったから嬉しいですよ、とまた雪名は笑った。

否、顔は見えないからそう思っただけだけど。


「あれ?木佐さんあんまり心臓バクバク言ってませんよ?これなら顔が見えないから恥ずかしくないですか?」

「そうかも……」

おとなしくなった俺を抱きしめたまま、この際だから言っちゃいますけど、と囁く。

「俺は、あなたを裏切らないし、あなたを利用しようとも思っていません」

だから、と雪名が言葉を切った。

「俺のこと、そんなに怖がらないで」

ね?と微笑まれれば、警戒も緊張も途端に喜びへと変わってしまう。


「木佐さん、俺のこと好きならもっと信じてください。冗談抜きで、あなたのことが好きなんですから」


目を見てしっかり口にされた言葉はあまりにも甘美で、一瞬にして俺の思考を停止させた。


「……やっぱり、お前に俺は向かないよ」

かろうじてしぼりだした言葉はこれだけで、あとはもうほわほわ夢心地だった。

「え、これでも、まだ……信じられないんですか?」

慌てたように雪名が俺を覗き込む。

それをなんとか押し返しながらの返事はもう我慢できないほど震えていた。


「ちが、うって……ば……」


どうか頼むから、そうやって畳み掛けないで。

そんなこといきなり言われたら、嬉しくて涙がとまらなくなる。




<11/08/06>
 

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