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時計を見ると、時刻は雪名の誕生日終了まであと一時間を指していた。
これが誕生日前日だったらどれほど嬉しかっただろうか。
「予想通りとはいえ・・・悲しくなってきた」
ケーキは予め自宅宛に頼んであったのでなんとかなったが、それ以外のものは何も用意しないままでエレベーターに乗り込む。
徹夜で終わらせようと思っていた仕事が長引いて、結局半休の予定が丸々つぶれてしまったのだった。
「雪名、ごめん・・」
ただいまの挨拶もそこそこに、意気消沈で部屋のドアを開けると、待ってました!と雪名が飛びついてきた。
「木佐さん、おかえりなさい!」
疲れた目に眩しいどころか失明しかけるほどの満面の笑み。
早く靴を脱いであがってくださいねと、カバンを取り上げて待ち構えている。
「雪名、誕生日おめで」
「まだそれは言わないでください」
「な・・・」
つい、と口元にその長い指を添えられると、何も言えなくなってしまう。
おとなしく引かれるままに靴を脱いでリビングにあがる。
じゃーん、と開けられたドアの先には綺麗に飾りつけられた室内と、ほかほか湯気をたてている料理が並べられていた。
「俺、腕によりをかけたんですよー」
「自分の誕生日になんで腕によりをかけた料理作って待ってんの・・・」
得意気な顔もかっこいいが、流石に意味がわからない。
「だって、木佐さんのことだからケーキぐらいしか買えていないかなと思って」
「うう・・・」
図星でしょ?と笑って、冷蔵庫から特大ケーキを取り出した。
ネットで注文した特注品でタダで入れてもらえるというので名前も入れてもらったものだった。
「こんなに大きなケーキ、俺、生まれて初めてですよ」
「そりゃよかったな・・」
かくいう俺も雪名の手に余るほどの予想外の大きさにかなり驚いていた。
「じゃ、箱から出していいですか?」
「わかった。ちょっと手を洗ってくるから」
わくわくしながら箱に手をかける雪名の嬉しい気持ちが伝染したのか、先ほどまでの疲労感はどこかに消えて、少しずつ気分も高揚してくる。
丁寧に手を洗って、食器洗い機に入れておいたケーキ用のナイフを手に取ると、リビングの方から雪名の呼ぶ声がする。
「木佐さーん」
「どした?」
「これ・・・」
ちょっと困った顔で差し出されたケーキを見ると、『ゆきなちゃんおめでとう』の文字。
大の男にちゃんづけとは。
「ぷっ、ははは!なにそれ!ゆきなちゃんって!」
油断していただけにツボに入ってしまったらしく、笑いが止まらない。
「ちょっ、木佐さんが注文したんでしょ・・!」
大きなケーキをテーブルにおいて、子供っぽく拗ねる雪名。
それがまたかっこかわいくて笑みが深くなってしまう。
「ごめんごめん。じゃ食べよ」
持ってきたケーキを切り分けながら、料理も一緒に取り分けてようやく食べものにありつけた。
雪名もまっている間、何も食べていなかったらしくほとんど無言で料理を詰め込んだ。
トマトたっぷりのパスタから冷たいポタージュ、お手製のドレッシングのかかったサラダまでなにからなにまで料理は美味かった。
雪名はまた腕をあげたようだ。
一通り食べきると、雪名がなにやら改まって座りなおした。
「俺、木佐さんからどうしても欲しいプレゼントがあるんですけど」
「え?」
ちょっとまってくださいね、となにやら携帯をいじってから、いつも持ち歩いているノートブックを取り出した。
その表紙をペラりとめくると、かわいいウサギをモチーフにしたキャラクターが描かれていた。
『訳は聞かないで、これからここに書かれる言葉を読んでね』
「え・・?」
戸惑う俺に雪名が一枚紙をめくると、
『いいから!』
ご丁寧に、めっ!という顔をしたウサギの絵が出てくる。
呆気取られて黙ると、さらに雪名がめくった。
『こうあいしてるっていってください』
「こうあいしてる」
こうあいしてる?
って、なんだそりゃ。愛し方に方法なんてないだろう。
それなのに雪名は感極まれりといったようすでガッツポーズまでしている。
しかし、きょとんとしている俺を見て、意味がまったく伝わっていないとみるやいなや、ぱらぱらとページをめくる。
『もしかして、何をどうあいしてるんだ?とか思ってませんか?』
的確な突っ込みに言葉を失う。
「ずっとそう思ってた・・」
雪名はがっくりと肩を落として、溜息をついた。
それでもめげずにページをめくる。
『突然ですが、木佐さんって童顔ですよね』
「でも・・」
最近ようやく年上に見られてきたんだぞ。
唐突な振りで最初のルールをすっかり忘れ、深く考えずに口をついて出た言葉を言い終わらないうちに有無を言わさず雪名がめくる。
現れたページは雪名お気に入りの俺の担当している少女マンガの一コマだった。
主人公が幽霊の恋人に真実を伝えるシーン。
『担当なら作品に思いを込めてアテレコしてください。【言えなくてごめん!】』
雪名の目はすっかり少女漫画を愛好する男の目になっており、妙な迫力を伴なっていた。
「い!・・・い・・・言えなく、て・・・ごめん・・・」
勢いに任せようと思ったが、期待に添えないダメ担当で申し訳なくなってしまい、声もどんどんフェードアウトしていく。
そのテンションをもりあげようとしているのか、雪名は気にしないでといった身振りで、もう一枚めくった。
『気を取り直して質問です。俺の料理は好きですか?』
「好きだよ」
今日のパスタもスープもなにもかも美味しかった。
雪名がきてくれたおかげでまともな食生活になれたのだ。感謝してもしたりない。
美味かったよと伝えようとする前に、雪名が最後の一枚をめくった。
あざやかなパステルカラーでかかれた文字が目に入る。
それは今日一番言いたくてしかたが無かった言葉だ。
雪名の綺麗な字はとても読みやすかった。
『誕生日、おめでとう』
「誕生日、おめでとう!」
一言一言ゆっくり間違えないように伝えると、雪名が幸せそうな顔で笑った。
「ステキなプレゼント、ありがとうございます」
携帯をいじった後、雪名がノートをしまった。
「え?あんなのでいいの?」
「聞いてみますか?」
ずいっと目の前に携帯電話が掲げられる。
促されて、再生ボタンを押すと、
『皇、愛してる。ずっとそう思ってた。でも言えなくてごめん。好きだよ』
誕生日、おめでとう!
「俺は、幸せものですよ」
言葉とともに抱きしめられた嬉しさと、つなげられた言葉があまりにも恥ずかしくて、赤面したまま固まっているうちに十二時の鐘は無常にも誕生日の終了を告げたのだった。
<11/09/06>
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