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盃とするめ


急に電話して驚いたかしら。

お母さん、今日内緒であなたの部屋に行きました。

勝手なことするなと怒るでしょうけれど、電話も来ないし、ほとんどこちらに帰って来てくれないから心配だったのよ。

引っ越したことは聞いていたから新しいお家の方です。

そうしたら、あなたの部屋に知らない男の人がいたわ。

黒目がちで背の高い子。

野分君というのね?

驚いて何度も部屋を確認してもあなたの住所だったので、おそるおそる尋ねてみたらいろいろと教えてくれたわ。

あなたが何を隠していたのかをすべて、ね。

野分君は話し終わったあとに謝ってくれたわ。

「もしこの先ヒロさんに社会的に迷惑をかけることになったら全て俺のせいにしてください」って。

本当は男同士で恋愛なんて気持ちが悪いから、今すぐにでも別れて二度と弘樹に近づかないでくださいと言おうと思っていたけれど、


……言えなかったわ。


そこまで言ったらあまりに野分君が不憫だもの。

女の勘だけれど、あの子の目は本気だったわ。

お母さんだって鬼じゃありませんから、お父さんには私の方から伝えておきます。

歯の2、3本くらいは覚悟しておいた方がいいかもしれませんね。

それでは近いうちに野分君もつれて帰ってらっしゃい。


追伸、引き延ばしても結果は変わりませんからね。



-------------------------

こんな半ば脅迫紛いの電話を受けてから、野分と連れだって実家に帰ると、案の定待ち構えていた両親から鉄拳制裁を受けることになった。

二人の意思表示はそれだけで、夕飯、風呂と勧められた後、今日はとりあえず泊まっていきなさいと客間に通されたところだった。


「ヒロさん、大丈夫ですか?」

「くそ、二人とも手加減を知らねーんだから…」

パンパンに腫れてしまった両頬に氷をあててふて腐れていると、野分が申し訳なさそうにごめんなさいと謝った。

「謝るなよ。空しくなるだろ。何のために怒られに帰ったと思っているんだ」

「それはそうですけど……。本来は俺が叩かれるべきですから」

「いいんだよ。それに、うちの親は俺のことよくわかってるからな」


自分のけじめを野分にさせたとなったら、俺は自責の念で二度と家の敷居は跨げない。

帰って来なくなるよりはマシだと踏んだのだろう。


そう言っても野分は納得できなかったようで、それでも・・・、と言葉を続けた。


「俺みたいな生まれだと、言われなれてますから。ヒロさんが言われるくらいなら俺が詰られる方がよっぽどマシで……」


野分がいい終える前に俺の手は野分の頬を叩いていた。


「……痛いですよ」

頬をおさえて恨めしげな瞳が俺を見た。

それをギッと見返して黙らせる。


「俺は、お前にそんなこと言わせるために殴られたんじゃない」

「え……?」

「こうみえてもな、俺は野分のことを誇りに思ってる。馬鹿みたいに俺の後ろを追いかけてくるお前の一生懸命さに惹かれてる。生まれとか育ちとか性別とか抜きに純粋にがんばっているお前のこと、その、・・・・・悪くないと思ってる、から」


 だから、それを自分から蔑むようなことは絶対に口にするな。


わかったな、と念を押すと、野分は少しだけ泣きそうに顔を歪ませて、はいと小さく呟いた。



 「それに電話ではあんなこと言ってたけどな、本当はお前のことかなり気に入ってるんだ」

「え?本当ですか?」

「気に入ってなかったら、家に呼ぶどころか今ごろ警察でもなんでも使って追い出してる」

「そ、それは……、気に入っていただけて本当によかったです」

野分は心底安心したといったようにほっと胸をなでおろした。

「昔気質な家だからさ、いろいろ考え方が古くせーんだ」

気を悪くしたらごめんと謝ると、野分は気にしないでくださいといつものように穏やかな笑みを浮かべた。


「野分君、ちょっといらっしゃい」

襖を隔てた廊下から母親の呼ぶ声が聞こえた。 

「俺ですか?」

「野分に何の用だよ?」

突然の誘いについ二人して質問をぶつけてしまった。

かぶった声にくすくす笑いながら、母親が答える。

「お父さんがね、晩酌するから付き合いなさいって」

「なんで俺じゃないんだよ」

「あなたと話してもしょうがないでしょ。とっておきを出していたから、今日は寝かさないつもりよ?」

野分君も大変ねーなんて暢気に言いながら、声が遠ざかる。


「これはいよいよ『息子さんを俺にください』、ですね」

「・・・・馬鹿言ってんじゃねーよ」


「俺は、かねてからのヒロさんバカですから」

今更ですよ、と野分は笑って襖を開けた。





<11/09/03>

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