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ブロンズとツバメ -3-


「ヒロさん、お願いします」


弘樹にはわかっていました。

野分がただの道楽やきまぐれでそんなことをしようと思っていないことを。

だから余計に、野分の願いは弘樹の心を苦しくさせました。


「・・・・勝手にしろ」

「ありがとうございます!」


弘樹はこれ以上野分の顔を見ていられなくて、背もたれが野分の方を向くようにイスを窓の方へずらして座りました。


家の窓は小さくて、何年も掃除をしていないかのように曇っていました。

野分の言うとおりに通りを眺めようとしても顔はおろか男女の区別さえもあやふやになってしまいます。


「窓が曇ってて何も見えない」

ポケットからハンカチを出すと、弘樹は窓ガラスに息を吐きかけて擦りました。

「すみません、この足になってからは掃除をしていないもので・・・」

窓拭きをはじめる弘樹に気づいたのか、野分は申し訳無さそうに言いました。


「お前ってなんでそんな足になったわけ?」

弘樹は窓を擦りながら聞きました。


「事故に遭いそうになった女の子を助けた時にケガしちゃいまして。医者のくせに自分の足は治せなかったんですよ」

「・・・また誰かのため、か。本当にお前って・・・」


報われない奴。

弘樹はそう言いかけましたが、ぴかぴかになった窓に映る野分の顔があまりにも誇らしげなので続きは言葉にならずに消えました。


「俺が・・・なんですか?」

「別に」

拭き終わったハンカチをポケットにしまいなおして、弘樹は窓の外を眺めました。


はじめこそ窓枠に肩肘をつきながら面倒くさそうにしていましたが、すぐに食い入るように窓を見つめ始めます。


「あ・・・・」


小さな窓から見えた町は、灰色に曇っていて不景気のせいで人々は自分が生きることに必死に見えました。



『危ねえよ、このガキ!』

子供が身なりのいい紳士に突き飛ばされて地面に転がりました。

めくれあがったシャツから覗く身体は傷だらけのうえ、ガリガリにやせ細っていました。


『この子にパンを買うお金ももう無いわ・・』

ボロボロの小屋には子供を大勢抱えた母親が嘆いていました。



他にも町のあちこちで悲しい人達はたくさんいたのでした。


「ヒロさんにも見えましたか」

「飢えてる子供と、子沢山の母親が見えた・・・。お前、こんなの毎日見ていたのか・・・?」


今までどうして気づかなかったのかと自分に問いたくなるような惨状でした。


「転んだ男の子にこれをあげてもらえませんか?お母さんには、これを頼めますか」


窓を通して声が聞こえたのか、野分は弘樹にベッドの下から小さな包みを取り出すと中からわずかばかりのお金を渡しました。


「金、あるんじゃねーか・・」

「これは俺のためには使えないお金ですから」


きっぱり言い切って野分は、頼めますか?と再び尋ねた。




「くそ、・・・渡してくるだけだからな」


弘樹はひったくるように野分からお金を預かると、乱暴に扉を閉めて出て行きました。



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それから数分経つと、弘樹は複雑な表情で戻って来ました。


「ありがとうって言われたぞ」

「そうですか。よかったですね、ヒロさん」


弘樹に椅子を勧めながら、野分は嬉しそうに言いました。



「それは、お前に言われた言葉だろ?」


「いいえ。ヒロさんが感謝されたんですから。あなたのおかげです」




ありがとう。



お礼の言葉は弘樹の心に染み渡って、ぽかぽかあたためました。


「・・・・・・・・・」


照れくさくて、恥ずかしくて、弘樹はまたすぐに窓の傍に座りました。



こんな風に足が動かない野分の願いを叶えるために、弘樹は町の困った人達を探しをはじめたのでした。






 

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