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幼い頃から本が生活の一部だった俺にとって、こういう時に読みたい本というものがある。
読みたいというと若干の語弊があるからあえて言い換えるなら、心理状態によってつい読んでしまう本だろうか。
嬉しい時はこの一冊、悲しい時にはこの一冊と、お気に入りは本棚の上の方にしまってある。
他のものになにがあろうとも、ここだけは絶対に触れさせたくない俺にとっての聖域だった。
風が少し冷たくなったある秋の日。
授業が午前で終わりキャンパスを歩いていると、偶然秋彦の姿を見かけた。
テスト期間に入っているので、普段はほとんど大学に姿を見せない出不精も巣穴から出てくるらしい。
少し早歩きで近づき、声をかけてみる。
「よう」
「・・・・なんだ弘樹か」
「なんだとは、ご挨拶だな」
秋彦はゆっくりと振り返って俺を確認すると、また興味なさげに前を向いた。
嫌がるようでもないので、その隣に並んで歩調を合わせる。
「今度の新作、読んだ」
「あ、そう」
昔から秋彦と話をするといえば、本の話ばかりだったなあと思いながらも、染み付いたクセは抜けないらしくついついまた書籍の話題を振ってしまう。
「なかなかよかったけど、中盤少し展開にもたつきがあったのが気になった」
「あそこはもっと練り直したかったんだが、担当と締め切りに押し切られたんだ」
「なら、もっと早くから書けばいいだろ」
「書けないものはムリだ」
いつも会えばはじまる無意味な言葉のキャッチボール。
それでも俺は秋彦が次に何を言うのか、どう動くのかが気になって気になって仕方がなかった。
そこでわざと食いつきそうな甘いタマを放ってやる。
「それにしても、ハッピーエンドっておまえにしては珍しいんじゃねーの?」
どんな小説を書いても心を揺さぶる切ない話になるって有名の宇佐見先生様のクセに。
俺はコイツの家庭環境がどうなっているかも、高校の時からずっと片思いの相手のことも知っている。
切ない話になるのは、きっと『彼』へのつもる思いでなせるのだろうと思っていた。
なのに。
「あれは、タカヒロに彼女が出来た日に話を思いついたんだ」
「え・・・」
予想外の返答にショックを受けて、つい足が止まってしまう。
ほんの軽い気持ちだったのに。
後悔の念がじわじわと俺を取り囲み、苛んでいく。
「どうやら俺はこれ以上は生きている限界だという時に、ハッピーエンドが書けるらしい」
因果なものだなと呟くと秋彦は、レポートがあるからと図書館の方へと歩いていってしまった。
『タカヒロに彼女が出来た時に思いついた』だって?
あんなに大好きで、大切にしていたのに、そんなに簡単でいいのかよ。
何年も思ってたのに伝わらなくていいのかよ。
秋彦の様子があまりにあっさりとしすぎていて、なぜだか俺の方が泣きたい気持ちになった。
「そんなの、・・・俺の、気持ちはどうなるんだよ・・・」
妙に打ちひしがれながら帰宅すると、本棚から発売初日に書店で購入した秋彦の本を抜き出す。
ハッピーエンドは嬉しい時に読もうと決めていたのに俺ははじめてそのルールを破ってみた。
ばらばらとページをめくっていくと、最後のページではたと手が止まる。
大事にしようと思っていたのについ堪えきれなくなって、白いページにちいさい水滴の染みがついてしまった。
開いたページにある言葉はひとつ。
『――こうして僕と彼女は、晴れて幸せな恋人となることができたのだ』
<11/08/17>
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