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事の発端は、宮城教授だった。
「かみじょー!抱かせろー!」
せっかく打ち込んだ文献のデータが綺麗さっぱり削除されてしまい、いつもの調子で俺に抱きつこうとしたところまではよかった。
いや決してよくはないんだが、その後の展開よりはマシだった。
なんとか耐えていたが、無理な体勢での男二人の重みを支えきれずについに俺を押し倒す形で教授が馬乗りになった。
「へっへっへ、このまま美味しくいただいちまおうか……」
「離して下さい!俺に構っている暇があったらさっさと修正入れればいいでしょうが!」
「いや、この俺の悲しみを理解して、かつ慰められるのはお前しかいないんだ、上條!」
「はーなーせー!」
すりすりと擦り寄ってくる教授をなんとか引き剥がそうとした瞬間。
……ガチャ。
カギのかかっていなかった扉が開いた。
「……みやぎ」
「……ヒロさん」
そこいたのは、忘れた教材を届けにきた野分と授業が終わり遊びに来たいつかの高校生。
普段ならば最上の相手が来たと判断すべきものでも、この状況には最悪の人選だった。
―――――
「あの、悪かったって……忍」
こういう時、人は無視されるのがいちばん堪えるらしいということがわかったのはたった今。
「もうお前と話すこと無いから」
テスト期間だったとかで、三日間ぶりの忍は『浮気したら許さない』と顔中に書いてあった。
なんか飲むか?と、聞いても無言、なんか読むか?と聞いても無言。
これではいったい何をしにきたのやら。
上條とじゃれていたところを発見されたのが数十分前。
とりあえずお茶でも、と声をかけたが、「結構です」と凄みのある笑顔で上條の彼は、持ってきた書類を小脇に抱えたまま、有無を言わせず上條を強制帰宅させてしまった。
あれほど怒り心頭なのだ、今頃はたいへんな目に遭っているだろう。
ひとごとながら、上條に合掌してしまう。
ま、上條のことは置いておいて今は目先の事を解決することが先決だ。
「ええっと、前も言ったけどな。俺は別にあいつのことをどうこうだなんて思ってないからな」
「…………」
「そ、そう!タイミング!タイミングが悪かったんだ!」
「…………」
「忍、さん……?」
「…………」
あのーっと低姿勢に話しかけても、忍は一言も口をきかずに俺の事を無言で睨みつけている。
しばらく俺も対抗して同じように向かい合ってみたが、ついに折れざるをえなかった。
「……悪かった!もうしない!何でも言うことも聞く!これでもムリか?」
恥も外聞もかなぐりすて、俺は地面に頭をこすりつける勢いで土下座する。
おそらく、その様子を静かな目が見下ろしていることだろう。
何か言うまで、そのままの体勢で忍の言葉を待った。
時計の音だけが静かにカチコチと聞こえるくらいにあたりは静まっている。
もうこれまでか、と思った時、ようやく忍が口を開いた。
「……俺がお前のこと好きじゃなかったら、もうとっくに別れてるから」
顔を上げると、「二度目は無いぞ」と据わった忍の眼が訴えていた。
「スミマセンでした」
「ん」
俺の謝辞にこくりと頷くと、忍はゆっくり俺の方に寄ってきた。
「そのまま、動くな」
命令口調はそのままに忍は俺にぎゅうっとくっつくと、しばらくそのまま何をするでもなく抱きついていた。
「え、と?……忍?」
困惑する俺を他所に、忍のなかでは自己完結しているらしい。
なにか奢るにしろ、なんにしろこんなにくっつかれていたら何も出来ないだろうに。
「慰めろってアイツに言ってた」
アイツというのは、おそらく上條のことだろう。
「そりゃあ言ったけど……」
「じゃ、いいって言うまで言うとおりにしろよ」
「え?」
いいこいいこと忍が不器用ながら俺の頭を撫でた。
どうやら「慰めて」いるらしい。
あまりに純粋な解釈。
ついこみ上げてしまうにやにや笑いを殺すために、全理性を総動員にしなければならなかった。
「今度から、人肌恋しくなったら俺を呼べよ。授業終わってからならつきあってやるから。……それとも、」
そこで言葉が途切れる。
わずかに聞こえた言葉尻は、震えて声になっていなかった。
それとも、
……俺じゃダメなのか?
なんとなくそう続けるような気がして、俺は自分がどれほど無自覚に忍を傷つけていたのかを思い知った。
「……ごめんな」
そっと頭を撫でると、「だったらやるなよ!」と、涙交じりの声と拳骨が飛んできた。
「いて、いたいって!忍!」
「いいか、宮城!」
ひとしきり殴って満足したのか、忍は俺から離れるとびしっと指を突きつけた。
「今日一日、お前は俺を大事にする義務がある」
占拠した建物の人質に向かって言うように、小さなテロリストは堂々と宣戦布告してキスをした。
続き?
<11/08/01>
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