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窓を開けていただけませんか?


宇佐見秋彦に高橋美咲が家庭教師をしてもらいはじめてから、一週間。

美咲の成績はうなぎのぼりには程遠く、低空飛行のラジコンよろしくすこしの風でもコントロールを失う危うさだ。


「どうしてこう英語の才能が無いんだろう・・・」


返ってきた模試の答案を見ながら美咲はうなだれた。


他教科はまだしも、英語の成績は悲惨という言葉では言い尽くせないほどの状況だった。


「語学にセンスは関係ないと言われるからこれはもう単語を覚えるしか無いだろうな」

「それが出来たら苦労しないよ・・・」


朝晩に単語帳片手に頑張っているのにこの成績だったのだ。

単語を覚えなおす程度で成績向上するのは帰国子女の秋彦レベルで、備わっている経験値からして別世界の美咲には文の構造から理解しがたいものなのだ。


「そうだな・・・、じゃあ俺が一つ問題を出すから答えてみなさい」

「うん、わかった」

質問といわれて美咲は軽くひるんだが、これも合格のためだと思い直して集中する。


「<Would you mind opening the window ?>」


リスニング顔負けの綺麗な発音の例文が読み上げられる。


「和訳してみろ」

ナチュラルスピードよりもかなり遅く言ったのでせめて例文くらいは聞き取れるかと思ったが、


「え・・・うじ・・おーぷん・・・、



わかった!<寺を開けました>!」


ピンポーン!とテーブルを叩いて自信たっぷりの答えは見事に予想を裏切るものだった。


「まてまてまて。寺はどこから出てきたんだ?それに質問以前に言葉を聞き取れたのか?」

「うん。宇治とオープンは聞き取れたよ」


would youが宇治・・・。

一般的な例文でも土地名はよくて東京がいいところだ。

しかも宇治なんて使われることは滅多に無い。


「はあ・・・・」


え、違うの?と首をかしげる美咲に秋彦はさらさらと紙に例文を書いて読ませた。


「なんだよ、全然長いじゃんこの文!それに宇治だっていうから寺だって思ったのにTeraってどこにも書いてないよ。ウサギさんちゃんと読んだ?間違えてない?」

ウサギさん発音よすぎるんだもんなーと秋彦の発音に責任転嫁した美咲はシャーペンを放り投げた。


だから、宇治なんて一言も読んでいない。

おまけにTeraってなんだ。創作ジャパニーズ英語にも程があるだろ。


「あの文からそれだけしか聞き取れないのに答えを推測したお前がすごいよ・・・」


言いたいことはたくさんあったが珍しく秋彦は頭に手をあてて脱力した。

孝浩も弘樹もわりかし勉強は出来るほうだったから気づかなかったが、成績底辺の恐ろしさを今はじめて身をもって体感した秋彦だった。


「でも、これ見たことあるよ。『mind』って心って意味だよね。あと、この『window』ってのは、窓だし・・・」

これは知ってる、これは知ってる、と指を指していく美咲を見ていると、彼なりに努力している影がうかがえる。


やる気が無いわけではなく一生懸命やっているけれど出来ないと言うだけはあるようだ。


「美咲、この表現は誰かに頼む時に使う常套句だ。覚えておいて損は無い」

「そうなんだ・・・。あ、でも俺はどこにも行くアテないから大丈夫だよ」

俺はどこにも行かない、と言われたように感じてわずかに秋彦の目が見開かれる。


秋彦は毎日毎日律儀にやってくる美咲の存在が彼の中で徐々に大きくなっていることを感じていた。


どこかに行かせるくらいなら、閉じ込めてしまいたい。

ずっと胸にしまっている願望が渦巻くが、・・・・まだ言えない。


嫌われることに怯えて、軽い皮肉を込めた言葉しか口に出来なかった。


「まあ、お前がどこかに行くなんて言い出したら止めるけどな。あんな英語力じゃ行っても意味が無い」


口では英語を理由だと言ってはいるが、ただの口実。

秋彦がせっかく手に入った玩具をみすみす手放すはずがないのだ。


「ウサギさんこそ、英語出来るのに行かないなんて変だよ。英語はコミュニケーションが大事なんだから、その力を磨きに行きなよ」

そうとは気づかない美咲は、拾い上げたシャーペンをくるくる回しながら答えた。


「コミュニケーションなんて面倒なだけだ。窓を開けていたら入れたくないとこでもずけずけ入ってくるだろ」

「そういうのよくないと思うけどさー・・・」

「いいから」

納得いかない顔で膨れる美咲を制して、秋彦が紙を指差しながら尋ねる。


「さて、ムダ話はそこまでにして<Would you mind opening the window ?>の答えを言ってみろ。」


「うん・・・。これは考えてみれば簡単なことだったよ、ウサギさん。今までの会話にヒントがあったんだね」


美咲は、にっこり頷いてから答えを言った。







「<あなたの心の扉を開いてください>、だろ!」




後にこの話が酒の席で肴にされたことは言うまでも無かった。




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